昆虫のように擬態・変態を繰り返す、ある女性の生き様について
タイトルの「人間昆虫記」は、主人公の十村十枝子(本名 臼場 かげり)が芥川賞を受賞した処女作のタイトルですが、
彼女の生き様そのものを表しています。
人間昆虫記のあらすじ
処女作「人間昆虫記」で芥川賞を受賞した十村十枝子。
その授賞式が行われている最中、別の場所では、彼女の本名「臼場かげり」と同性同名の女性が自殺しました。
十枝子は、芥川賞を受賞する前は、ある劇団で実力派女優として活躍しており、
その後は突然デザイナーとしてニューヨーク・デザイン・アカデミー賞を受賞……と、マルチなタレントを見せていました。
実際には、彼女は模倣の天才で、
劇団の実力派女優の演技を模倣し、
演出家の技術を自分のものにし、
有能デザイナーの作品を真似して彼より先に自分の作品としてニューヨーク・デザイン・アカデミー賞に応募し、
自殺した臼場さんの作品の構想を盗んで自分の作品として発表していました。
彼女に模倣された人達は、自身の仕事を奪われたり、彼女に殺されたりします。
彼女に興味をもって近づいた人達もまた、彼女に利用された挙げ句、最終的には始末されていきます。
私の感想
昆虫は、自分の身を守る為に周囲の環境や生物に自身の体の色や形を変化させ(擬態)、
また、幼虫から成虫になる過程において自分の殻を脱ぎ捨ててまったく違う形に変化(変態)しますが、
それら昆虫と同じように、
十枝子は他人の能力をそっくり真似てその能力を自分のものとし、古い自分を脱ぎ捨てて、社会的名声を得ていきます。
女優、デザイナー、芥川賞作家……と、その世界で高い評価を得ていく十枝子。
そして、彼女に自分の能力をコピーされた人達は、ある人は社会的に落ちぶれ、ある人は彼女に殺され……みな破滅の道へ追いやられる事になります。
彼女の本名「臼場かげり」は、完全変態をする昆虫「ウスバカゲロウ」をもじったものですが、
このグループの一部の幼虫は「アリジゴク」と呼ばれ、砂地に作った窪みに落ちてきた獲物を捕食します。
作中で、彼女は何度か「脱皮し続ける幼虫でいたい」のような主旨の発言をしますが、
アリジゴクのように他人の能力を吸い続ける人生を謳歌し続けたいと思っているようです。
彼女自身は、自分の行為に悪気はなく、いわゆるマキャベリアンに分類される人間だと思います。
そして彼女の本性を知ってもなお彼女に惹かれる人達は、彼女に付き添い、自らを破滅させていくのです。
それだけ彼女には魅力があり、読者として第三者の視点から眺める限りでは、彼女の行動にある程度興味を抱きました。
彼女の可愛らしい外見も、大きな役割を果たしていると思います。
しかしながら、そのような生き方で名声を得ても幸せを得る事はできない、というのは多くの人達もわかっている事で、
本作品の最後まで、彼女は孤独であり続けます。
富や名声を得ても、中身が空っぽである事の虚しさを再認識し、
自分の人生の目標について、今一度考える機会を与えてくれた一作でした。